孫正義

孫正義は韓国の国籍を持つ日本の実業家であり、ソフトバンクグループ創業者として有名な人物です。今回は実業家として複数の会社を起業する、孫正義の経歴や実業家としての活動について紹介していきましょう。

孫正義の来歴

孫正義は1957年、在日韓国人の次男として佐賀県鳥栖市に生まれました。幼少期を過ごしている中で差別を経験し、非常に貧しい生活を送っていた時期もありましたが、父親が消費者金融関係事業で成功し、裕福な時代も経験しています。孫正義は地元の幼稚園を卒園後、北九州市立引野小学校に入学し、そこから福岡市立城南中学校に転入しました。1973年には久留米大学附設高等学校に無事入学し、日本で小・中・高校と学生時代を過ごしています。

高校入学後はアメリカで生活を自ら選択

高校を入学してからは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を熟読し、脱藩に憧れを抱いたことをきっかけに渡米することを決意します。夏休みにアメリカ・カリフォルニア州に4週間短期留学し、語学研修を受け改めて渡米する熱意が一層強まります。

そして、1974年に高校を中退し米国ホーリー・ネームズ・カレッジに見事入学することができ、それから2度の編入を経て1979年、ソフトウェア開発会社「Unison World」を設立しました。日本からインベーダーゲーム機をアメリカに輸入するなど、コンピュータ事業を加速させ大学卒業、結婚、帰国とアメリカでの生活は目まぐるしいものでした。

孫正義の実業家としての素顔

孫正義は日本に帰国後、会社を起業するために福岡県博多区に事務所を設立します。コンピュータ卸売事業を起業すると共に、福岡県大野城市に「日本ソフトバンク」を設立しました。一時は慢性肝炎を患い社長職を退きましたが、その後再び会長から社長職に復帰します。この時孫正義は「お金じゃない、地位や名誉でもない。人に喜んでもらえることに貢献できたら幸せだ。顔も知らない小さな女の子から“ありがとう”と言ってもらえるような仕事がしたい」という思いで、自身のおばあちゃんからの言葉を思い出していたようです。

その後、1990年にソフトバンク株式会社に社名変更し株式を店頭公開します。1996年にはヤフーとソフトバンク合弁によりヤフー株式会社も設立しました。孫正義は経営者としてソフトバンクグループやヤフーの取締役をはじめ、スプリント会長、アリババ取締役など複数の会社経営者として注目されています。新たな可能性を秘めた実業家として注目されていることから、今後彼の力量によって今まで以上に事業の発展も望めるでしょう。

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