松下幸之助

松下幸之助は現在の電機メーカー「パナソニック」を創業した実業家で、「経営の神様」という異名を持つ人物です。晩年には政界での人材育成も手掛けましたが、どのような人物なのでしょうか。今回は様々な功績を残した松下幸之助についてご紹介しましょう。

松下幸之助の生い立ち

松下幸之助は1894年に和歌山県で生まれました。父親は米相場で破綻し、一家で下駄屋を始めますが上手くいかず、店を畳みます。松下幸之助は小学4年生で中退し、わずか9歳で大阪に単身で出て、火鉢店に奉公しました。その後に自転車店へと奉公先を移し、その経験はパナソニックのグループ会社であった自動車用タイヤメーカーのパナレーサーの設立につながります。

奉公時代、来店客にタバコを買いに行かせられていた経験があり、その際にタバコをまとめ買いし、それを置いていました。そうすることでタバコをすぐに取り出すことができ、単価も安くできるので、それを利用して小銭を集めていたのです。その行動は仲間から反感を買い、店主からも注意を受けて止めますが、同時に商才を顕すきっかけになりました。同時に独り勝ちは良くないと理解し、それが「商売は感動を与えること」という考えにも深く関わっているのでしょう。

会社の創業

大阪市に路面電車が導入され、それに感動した松下幸之助は16歳の頃に大阪電灯に入社し、7年間働きました。当時は自宅へ直接電線を引く電球で、取り外しに専門的な知識が必要な上に危険な作業でした。そこで、松下幸之助は簡単に電球が取り外せる電球ソケットを考案し、技術者としての才能も顕にします。

大阪電灯を依願退職後、妻とその弟、友人2人でソケットの製造販売業で起業しました。新型ソケットの売れ行きは芳しくなかったものの、川北電気から大量に扇風機の部品の注文を受けて経営危機を逃れました。その後は事業を拡大しており、パナソニックの前身である松下電気器具製作所を創業し、日本を代表する電機メーカーを一代で育てます。80歳で現役を引退し、その後は相談役を担っていました。

また、私財をつぎ込んで松下政経塾を設立し、国会議員や地域議員などの政治家、経営者、大学教員、マスコミ関係など、様々な人材輩出に貢献しています。

まとめ

松下幸之助は生涯現役という言葉がふさわしい人物です。幼い時の経験や苦労は彼の才能を発揮させるきっかけとなっており、また諦めず一生懸命取り組む姿勢が企業の成長につながりました。彼の功績や経営者としての姿勢に尊敬する人は多く、日本を代表する優れた実業家であることは間違いないでしょう。

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